着付けの仕事をしていたとき、印象的な出来事がありました。当時は、地元で6店舗ほどを展開する美容室の婚礼等の着付けで、美容師さんといっしょにホテルの控え室に入ることが多かったです。
ホテルでは同じ日に何組もの婚礼があり、美容師の先生たちは、ほかの花嫁さんの着付けがとても気になるようでした。角隠しのほんの少しの上がり加減、襟幅の出し方、衣紋の抜き加減、かんざしの位置…..。ほんのちょっとしたことが、和装を美しくきめたり野暮ったくするのだとわかりました。
また、女性が多い美容師の業界では、人間関係の張り合いもよくあったようです。
ある仕事のとき、美容室のオーナーが控え室に来て私と組んでいた人(先輩)に向かって言いました。「あなたは仕事はできる。でも、こういう仕事は和が大切だから、うちは仕事ができる人よりも和を乱さない人を遣いたい。」先輩は私の親くらいの年齢でしたが、どこかお嬢さん気質というか、すぐに相手を避難したり、わがままを言ってトラブルを起こすことがあり、いっしょに居てハラハラすることもありました。私は、着付けの仕事は好きでしたが、その人との間に流れる妙な気まずさや緊張感に疲れることもありました。それをオーナーは本人に直接言ったのです。
「和装だけに和を大切に…わを…」
美容、着付けという飾る仕事ではありますが、そこに関わる人たちの心の根底に調和があればこそということです。どんなにいい腕を持っている個人よりも、みんなとうまくやれる素直な人の仕事のほうがスムーズにいくということを指摘した美容師の先生はさすがだと思いました。その後、20年近く経ってその先生は娘が通っていた中学で、働くことについて講演する講師として招かれていました。