をとめのすがたしばしとどめむ
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    1971年に生まれ、新潟県で育つ。  青山学院大学英文科卒業後、 日本エディタースクールにて学び、 以降、出版社、編集プロダクション等にて 企画・編集・執筆・デザイン・DTP・Web制作など担当。 現在、フリーランスにて上記ほか、さまざまな活動に従事。

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愛のメモリー from ツイッター 〔2015-11-28 – 2015-11-28〕

  • 11月 28 2015/
  • tazakky /
  • 多雑記
  • 00:10:01, 2015-11-28RT @kohsen: 先回りしてしまった愛というものがある。それが主観に客観をもたらす。言語や時間はこの先回りした愛の力によって生まれている。しかし、この先回りした愛の支配を愛と勘違いすると人間はファッショな自我の支配欲に駆られることになる。要は古き神と自我は頑な契約を交わし…
  • 00:10:09, 2015-11-28RT @kohsen: そこから出たいと願う欲望が反動として起こる。これが内在性である。心と言ってもいい。しかし出るルートがなかなか見えないので、欲望が表象を使って様々な幻想を生産し続けている。これがスピリチュアルと呼ばれているものの本性だと思う。
  • 22:39:55, 2015-11-28何してるひとかよくわからんけど、やたらとプロフィール写真が凝っているかんじの人って、最近やたらと多い気がする。いい写真なんだけど、なんていうか……、自然体な感じを演出したあざといかんじのプロっぽい仕事っていうかんじの写真。あれはなんなんだろ? やっぱプロに撮ってもらうんか?
  • 22:47:30, 2015-11-28写真や映像の技術・文化の発達は、近代の自我の成り立ちに大いに関係しているってハナシだけど、そりゃそうだよね。ほんとうはみえない自分の顔を自分自身だと思い込むのに、大いに役立っているわな。
    他者にみられる自分を、流行やらランキングやらの出所のあいまいなモノサシではかって一喜一憂。
  • 23:03:19, 2015-11-28写真文化がどのように浸透していったのかはよくわからないけど、少なくとも昔はもっと貴重なものだったよね。モノクロの家族写真とかみると、大人も子供も一張羅でみんな緊張した面持ちっていう感じだし。
  • 23:07:10, 2015-11-28十数年まえにモンゴル旅行にいったとき持っていったインスタントカメラは、現地のひとたちにやたらと喜ばれた。撮ってやるというと、みんな緊張して「気をつけ!」ってかんじになってね。
  • 23:10:36, 2015-11-28デジカメが普及してきて、ケータイからスマホへって流れのなかで、写真を撮るってことがあまりにも当たり前になっちゃったよね。
    最近の子供は写真慣れしてるって聞くし、自撮りってのもいろいろテクニックが向上したりしてんだと。
  • 23:22:45, 2015-11-28でだ、SNSの発達によって、やたらと他人の顔……だけでなく、生活の様子やらなにやらまで目にする機会が増えて。しらずしらずのうちにも自分のそれとくらべてしまう機会に事欠かない。
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